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要約筆記実践17 読点の不備をフォローする②

本文開始


要約筆記実践17 読点の不備をフォローする②

書いてしまった要約筆記文に読点の不備があった場合のフォローのパターンを4つに分類しました。
1.読点挿入・消去
2.単語を重複挿入
3.後からの筆記に含ませる
4.スルー
このうち、1については前回触れました。
1は、どちらかと言うと表記修正のテクニック。
2以降は、要約筆記文の構築に深く関係してきます。
順に見ていきます。
まず、2。

前に使った例文を出します。
「Aさんのように難しいからとすぐに諦めずに努力することは大事だと思います。」
Aさんが、すぐに諦める人なのか、諦めずに努力する人なのかが分からない文章。
これを読点の位置で書き分けるとすると、
1.「Aさんのように難しいからとすぐに諦めずに、努力することは大事だと思います。」(Aさんは諦める人)
2.「Aさんのように、難しいからとすぐに諦めずに努力することは大事だと思います。」(Aさんは努力する人)
このようになります。

一見これで大丈夫にも見えますが、書き分けとしては弱い。
実は、この文章は、どう書いても「Aさんは諦める人」に読まれやすい文章です。
要約筆記は書いている途中の文を読んでいくという性質上、語順の影響を受けやすいのです。
両文章の途中段階、即ち「Aさんのように難しいからとすぐに諦めずに」「Aさんのように、難しいからとすぐに諦めずに」という文言を見た段階で、どちらの場合でも、「Aさんはすぐ諦める」という情報がインプットされてしまいがち。
そしてその後に何が続いても、前半と大きく矛盾しない限りは、最初に持った印象に沿って解釈してしまったりする。
この傾向は、一文の長さが長いほど顕著になります。
じっくり読み返す文章とは違うということ。
そうした傾向を認識した上での文章構築の力が、要約筆記では必要です。
流れに沿ってスッと理解できるような文構造を最初から作っていくということ。
「ちゃんと読めば分かるはず」とか言わなきゃいけないような要約筆記は、そもそも上手くない。
ちゃんと読んでも分からないようなものは論外として。

結論から言えば、上の例文は、読点だけによる意味の書き分けには適しません。
そもそも言葉の選択が悪いせいでそうなっている面もあるのですが、ここは書き分けを言いたいための例文なので、言葉の書き換えによる方法は抜きに話を進めます。
で、上の例文をを文構造で書き分けるとすると、
1.「難しいからとAさんのようにすぐ諦めずに、努力することは大事だと思います。」(Aさんは諦める人)
2.「難しいからとすぐに諦めずに、Aさんのように努力することは大事だと思います。」(Aさんは努力する人)
という感じになります。
細かく言えば他のパターンも色々ありますが、タイプとしてはこんな感じ。

とりあえず、このぐらいの構造になっていれば、誤解のおそれは殆ど無いと思います。
ただ、この例文は短いので、おそらく全部聞いてから書き出すようなタイミングになると思いますが、もっと長い文章では、こうした文構造による書き分けは難しい。
話者のせいでも要約筆記者のせいでもなく、着地点が見えないまま書き出すことが多々あるのが要約筆記。
そうした場合に、「単語の重複挿入」という手法を使うことがあります。
やっと本題に来ました。

手っ取り早く例を出すと、下のような感じです。
「Aさんのように、難しいからとすぐ諦めずに、Aさんのように努力することは大事だと思います。」
「Aさんのように」が2回入っています。
「Aさんのように、難しいからと」まで書いちゃったようなタイミングで、実は話者が言いたかったのは“Aさんの努力を見習おう”ってことなんだ…と分かった場合に、もう前半の文構造は変えられない。かといって、そのまま書き進めては明確に伝わらない。下手するとAさんは、チャランポランだという真逆の文脈に思われてしまう。どうしよう。
みたいな場合に、もう1回「Aさんのように」を挿入することで、確かな結論部分をカッツリ書く。
パターンとしては、そういう感じです。
この例文だけ見ると変な感じに見えるかもしれませんが、実際にはかなり有効です。

この「単語の重複挿入」という手法は、文意の書き分け以外でも使います。
例えば、長々と説明が続くような話で、前に出たワードを話者が言っていない箇所に挿入することがあります。
そこで何かを補わないと分かりにくいと判断される場合や、長すぎる文を適度に切りまとめながら書き進む際に新たな文要素が必要になってくる場合など。
あとは、スクリーン上の文字の残り方に応じて要素を足す場合もあります。

この手法、あまり躊躇せず使って構いません。
もちろん、使いすぎると筆記時間そのものが負担になってくるでしょうが、迷うぐらいなら入れちゃえばいい。
要約筆記は、一般文書とは違い、後から読み返してきれいな日本語になる必要は全然ありません。
その時その時に、場の状況とスクリーン内容とがリンクしていることのほうが重要。
ちなみに、その感覚として結構参考になるのが、外国語の同時通訳です。
あの喋り、文字おこししたら相当おかしな日本語です。
ですが、非常に高度な技術。
聞いた部分から処理して繋げていく技術は、要約筆記と通じるものがあります。
どうしても、まとまったきれいな文章を書こうとしてしまう人は、参考にしてほしいかも。

つづく。


Last Update 2011-05-08 (日) 03:20:05

本文終了

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