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要約筆記実践2 子犬・仔犬・小犬

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要約筆記実践2 子犬・仔犬・小犬

ここで、漢字表記の話です。
手書要約筆記において、表記検討は技術の根幹をなすと言っても過言ではありません。

イソップ物語に『よくばりな犬』というお話があります。
「ある犬が肉をくわえて橋の上を通りかかった。ふと川の中を見ると、知らない犬が肉をくわえている。その肉も欲しいと思った犬は、川の中の犬に向かって吠える。肉は川に落ちて流れていってしまった。欲張ってはいけませんね。」みたいなお話です。
イソップの中でも有名な話で、色々な形に翻案されています。
以前この話を要約筆記の練習に使ったときは、たまたま主人公の犬を「コイヌ」と表したタイプのものでした。
「イヌ」であれば大きな問題はなかったのですが、「コイヌ」となると少々厄介です。
「コイヌ」「こいぬ」「子犬」「仔犬」「小犬」「こ犬」。
ざっと考えて、これだけの表記の選択肢があります。
どう表記するのが妥当か。
実は結構面倒な案件です。
それぞれの選択にそれなりの理があり、メリットとデメリットのバランスも微妙。
どう書いても大した弊害は生まれないからどちらでもいい、というのも一理ですが、その考えはひとまず置いておいて、要約筆記的な考え方を以下に示します。

「コイヌ」という音声だけを聞く限りでは、登場する犬が子犬(子供の犬)なのか小犬(小さな犬)なのかは判断できない。
判断できない場合は、意味を間違って特定しないためにも、仮名を使うというのが原則。
その原則に従うと、この場合、「こいぬ」(平仮名)もしくは「コイヌ」(片仮名)と表記するのがセオリーとなるのだが、結論から言えば仮名書きは不可。
少なくともイヌという単語に関して仮名書きは、分かち書きをするなど表記上の工夫をしても、「犬」という漢字を用いるメリットに勝る効果は得難い。(読み取りやすさ、意味の取りやすさ等々の面で)
ここで、「こ犬」と書く選択にも妥当性があるのだが、「こ犬」は一般的な表記ではなく、それゆえ字面的に読みづらい。

では、漢字表記を選択するとして、どの表記が適切か。
断定できないまでも、読上文から推測されるのは、子犬か小犬か。
話の内容からは、子供の犬と推し量るべき情報は読み取れない。
また、小さい犬だと言うべき内容もない。
こういう場合は、一般的な言葉の使用をなぞるのが王道。
では、一般的とは。
普通、「こいぬ」という音を聞いたとき、子供の犬と考えるのが妥当だろう。
なんとなれば、小さい犬を見て「小犬がいる」とは、まず言わない。
そう考えると「子犬」を選択するのが、結論として妥当と思われる。
この結論は間違っていない。
しかし、原文はイソップ。
他の翻案例で「イヌ」という表現が多用されていることも周知。
少なくとも当例文が訳文であるということを考慮すると、「コイヌ」という表現は、「a little dog」等の訳語としての「小犬」であるとの予想も生まれる。(イソップ原文は英語ではないが、英語からの翻訳パターンも多い)
また、それを抜きにしても、物語としての情緒性を優先した筆記をするならば「小犬」という選択は決して悪くない。

しかしながら特に条件がなければ、要約筆記の原則から考えると、不確かな情報を確定的に用いるべきではない。
ましてやそれを繰り返して用いた場合、弊害は大きくなる。
子犬・小犬どちらでも良いと言い切れるのは、「こいぬ」という音を聞いている者の判断にすぎない。
というのも、利用者が「子犬」もしくは「小犬」と書かれたものを見た場合、単に音を当てた字として書かれたものか、「生後間もない犬」「小さい犬」といった言葉を受けて内容要約として書かれたものか、判断ができないからだ。
要約率が70~80%程度の設定ならばともかく、要約率20%程度の手書では、原文通りに書けば間違いが無いという理屈は成り立たない。

以上を考慮すると、ここでは「犬」と書くのが最も妥当という考え方が一つ成り立つ。
不明瞭な意味を確定させてしまうデメリットを避け、確かな要素を最短で表すメリットを重んず。
当作品には、単に「犬」と表された訳文も多いことを考慮するとなおさら。
とはいえコイヌという音を無視することは出来ないので、まずは子犬と書き、その後は犬で通すというのが、一つの方針として適当であるように思われる。
その際、一度「子犬」と括弧に入れるのも一手。
これは、必要以上に情報が浮き出てしまうので必ずしも薦めないが、鍵括弧に入れることで、それが意味要約ではないことを示すというのは、技術判断としては妥当。
一度出すにあたって仮名書「こいぬ」「コイヌ」を出す選択も妥当だと思うが、その後で漢字の「犬」を使いたいのであれば、初出時でも漢字を使っておきたい気はする。
(この感覚は結構大事。後で略語を使いたい場合に最初にそれを含む漢字表記を出しておく等、後々のことを考えて表記を決めることも時に必要。初出時での直感が物を言う)
ちなみに、仔犬は常用漢字外であり、敢えてそれを用いるメリットがないので却下。

というような感じです。
元の文章を示さないままに説明だけ言うのは乱暴だったと思いますが、なんとなく、要約筆記における表記検討の考え方が伝われば良いかなと思います。
最終選択に必ずしも正解はありませんが、それぞれの選択の意味は違う。
漠然とした印象だけで表記の評価をするべきではないでしょう。
逆に、確たる方針を持って、含むデメリットを認識した上で判断したものであれば、その選択は良しと言えるのではないかと思います。
今回は1つの単語の表記だけに注目しましたが、物語の筆記では、通常の情報保障とは違う判断も必要になります。
それについてはまたの機会に。
なお、文中で出てきた要約筆記における分かち書きとは、文字列の前後に適度な空間を空けることで単語の区切りを明確にし、易判読性の向上を図る技術で、点字の分かち書きとは意味が異なります。


Last Update 2010-06-03 (木) 11:56:47

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